2017年10月26日

vasaalでフリードリヒ その18

1759年8月。

最初のチットはハノーバーで行軍数は6。
フェルディナント以下8ユニットがカッセルからドレスデンへ。
サックビル以下4ユニットをハノーバーからミンデンヘ。
グランビー以下4ユニットと合流し、カッセルへ。
ドレスデンでダウン軍8ユニットとの間に野戦が発生
ダウン軍は「地形(森林)」を使用。
フェルディナント軍は退却を宣言。
第1ラウンドの攻撃権はダウン軍、攻撃は6ヒット。
フェルディナント軍はライプチヒへ退却。
反プロイセンは「強行軍」を入手。

次のチットはオーストリアで行動数は2。
バラウン以下7ユニットとツバイブリュッケンをピーセクからプラハへ。
プロイセン側は「強行軍」を使用。
ヘンリーとチーテン以下8ユニットがプラハからロボジッツへ後退。
プラハ要塞は解放された。
ドレスデンの攻囲戦は双方1ヒット、プロシア守備隊はかろうじて持ちこたえる。

次のチットはロシアで行動数は4。
フェルモア以下7ユニットをコルベルクからダンチヒへ。
コルベルクの1ユニットを回復。
チェルニシェフ、ルミャンツェフ以下16ユニットをグローガウからクロッセンへ。
ここでプロイセン側は「強行軍」を使用。
フレデリック以下8ユニットがシュテチンからクロッセンへ。
そして野戦では「斜行戦術」を使用。
ロシア軍は退却を宣言。
第1ラウンドの攻撃権はなんとロシア軍。
まずチェルニシェフ以下8ユニットが無傷でグローガウへ退却
ロシア軍は続けて退却を宣言。
第2ラウンドの攻撃権はプロシア軍。
結果は7ヒットだが斜行戦術の効果で倍増、なんと14ヒット。
ルミャンツェフ軍は6ユニットを失い、2ユニットがグローガウへ退却。
プロイセン側は「陣頭指揮」を入手。

次のチットはフランス、行軍数は1。
デストレ軍8ユニットをマインツからコブレンツへ。

ここでターンエンド。
チットを引けなかったプロシア軍だが
カードの投入とフレデリックの野戦修正でロシア軍の圧力をはねのけた。
依然として連絡線切れのボヘミアのプロシア軍の命運やいかに。

GJ50 フリードリヒ最大の危機15.png
posted by 慈覚 at 05:09| ゲームジャーナル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする