2017年10月26日

vasaalでフリードリヒ その19

1759年10月。

最初のチットはロシア、行軍数は1。
チェルニシェフ以下8ユニットをグローガウからブレスラウへ。

次のチットはプロシア、行軍数は4。
フレデリック以下8ユニットをクロッセンからドレスデンへ。
連絡線切れのヘンリーとチーテン以下8ユニットをロボジッツからドレルデンへ。
ここで反プロイセン側は「強行軍」を使用。
ルミャンツェフ以下8ユニットをブレスラウからドレスデンへ。
ドレスデンでプロシア軍17ユニット(うち8ユニットは連絡線切れ)と
墺露連合軍16ユニット(うち2ユニットが損耗)が衝突した。
反プロイセン側は「地形(湿地)」を使用、フレデリックの野戦能力を封じる
第1ラウンドの攻撃権は反プロイセン側。
ダウン軍は4ヒット、ルミャンツェフ軍は3ヒット。
第2ラウンドの攻撃権はプロイセン側。
攻撃可能なのはフレデリック軍のみで1ヒット。
ここでプロシア軍は退却を宣言。
第3ラウンドの攻撃権は反プロイセン側。
ダウン軍は5ヒット、ルミャンツェフ軍は3ヒット。
ここでプロイセン側は「陣頭指揮」を使用、4ユニットが回復。
ヘンリー、チーテン以下4ユニットがトルガウへ退却。
プロシア軍は再び退却を宣言。第3ラウンドの攻撃権は双方。
が、プロイセン側は退却を宣言しているので反プロイセン側のみが攻撃。
ダウン軍は5ヒット、ルミャンツェフ軍は3ヒット。
3ユニットが壊滅、フレデリック以下8ユニットがトルガウへ退却。
プロシア軍は三度退却を宣言。
第4ラウンドの攻撃権はプロイセン側。
プロシア軍1ユニットがトルガウへ退却
次いで攻城戦、反プロイセン側は無傷で要塞守備ユニットを除去。
ドレスデンは陥落、反プロイセン側は「強行軍」を入手。

次のチットはプロシア、行軍数は6。
仕方ないのでトルガウの6ユニットを回復。
ここで反プロイセン側は「強行軍」を使用。
ブラウン伯以下7ユニットとツバイブリュッケンをプラハからロボジッツへ。
ラウドン、ハディク以下6ユニットをケーニヒグレーツからシュバイドニッツへ。

次のチットはフランス、行軍数は6。
デストレ以下8ユニットをコブレンツからケルンへ。
スービーズ公以下8ユニットをヘッセンからエーガーへ。
リシュリュー以下2ユニットをストラスブールからメッツへ。
2ユニットを拾ってさらにコブレンツへ。
エーガーのプロシア軍は連絡線切れで退却先が無い。
1ユニットが籠城し、ブレーベン以下3ユニットがスービーズ軍を迎え撃つ。
第1ラウンドの攻撃権はスービーズ軍で、攻撃は4ヒット。
1ユニットが壊滅し、ブレーベン以下2ユニットが損耗。
プロシア軍が攻撃力を喪失したため以下のラウンドは省略、ブレーベン戦死。
攻城戦はスービーズ軍が無傷で1ヒット。
ケルンの攻城戦は双方ヒットなし。
反プロイセン側は「騎兵突撃」を入手。

次のチットはオーストリア、行軍数は1。
ラウドン、ハディク以下7ユニットをシュバイドニッツからゲルリッツへ。

次のチットはハノーバー、行軍数は1。
サックビル、グランディー以下8ユニットをカッセルからヘッセンへ。

次のチットはオーストリア、行軍数は4。
ブラウン以下7ユニットとツバイブリュッケンをロボジッツからライプチヒへ。
ラウドン、ハディク以下7ユニットをゲルリッツからライプチヒへ。
ライプチヒにはフォーク軍5ユニットとブルシュバイク軍8ユニットがいるが
ブンシュバイク軍は6ユニットが損耗状態だ。
損耗状態のハノーバー軍2ユニットを籠城させ、残りが野戦に臨む。
第1ラウンドの攻撃権はオーストリア軍。
攻撃はダウン軍3ヒット、ラウンドン軍1ヒット、その他1ヒット。
プロイセン側は退却を宣言。
第2ラウンドの攻撃権は双方だが、プロイセン側は退却を宣言しているため攻撃できない。
攻撃はダウン軍3ヒット、ラウンドン軍1ヒット、その他0ヒット。
プロイセン側は全ユニットが損耗状態となり、ハノーバー軍2ユニトが除去される。
ブルンシュバイク軍4ユニットとフォーク軍4ユニットがマグデブルグへ退却。
プロイセン側は退却を宣言。
第3ラウンドの攻撃権はオーストリア軍、残ったプロシア軍1ユニットを除去。
攻城戦は反プロイセン側3ヒット、プロイセン側2ヒット。
マグデブルグは陥落し、反プロイセン側は「地形(丘陵)」を入手。

ここでターンエンド。

GJ50 フリードリヒ最大の危機16.png


posted by 慈覚 at 05:09| ゲームジャーナル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする