2015年03月07日

ウォーゲーム日本史第23号「応仁記」ソロプレイ1

応仁記のハウスルールによるソロプレイです。

このゲーム、太平記の流れを汲む作品ですが、プレイ感覚は全く違います。
太平記のように大兵力を徴集して大決戦という爽快感はありません。
勝利点は主に武将の討ち取りと御殿、屋敷エリアの支配によって獲得できますが
システムが概して防御側に有利で一度の戦闘で大打撃を与えることが難しいのと
除去した武将が討ち死にするのはランダムに6分の1の確率なので
いきおい敵を直接攻撃するよりエリア確保と調略を優先して
せこく勝利点を稼ぐという展開になりがちです。
もっともこのあたりは
応仁の乱のシミュレーションとしては妥当なデザインと言えるでしょう。

ゲームマップは上段が洛内(上京のみ)、下段が地方を表していて
洛内マップほぼ中央の青いスタックが東軍の本拠地の花の御所
その少し左の赤いスタックが西軍の本拠地の西陣です。
ゲームは敵武将の討ち取りや御殿、屋敷エリアの支配で得られる勝利点で争われます。

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なぜいきなりハウスルールか。
このゲームは「太平記システム」ファミリーの一員ですが、いわゆる「強襲システム」のように行動した武将は裏返されて行動済みになるというシステムを採用しています。そして大雑把に言うと、双方とも行動できるユニットが無くなったらターンが終了するという流れになっています。
ところが両軍とも「回復」という特殊能力を持った武将が3人づつ存在するため、交互に回復能力を使うことによって無限に行動を続けることが可能なのです。もっとも行動できる武将や行動内容は、ダイスロールと行動表によって制約を受け、その中には武将が地方のボックスに帰国してしまい以後行動できなくなるというケースが含まれているため、次第に洛中のエリアから武将が姿を消し、最終的には行動表で指定された行動を行える武将がいなくなるため、双方がそのような状況になった時点でターンは終了します。しかし毎ターン終了時にほとんどの武将が帰国しているというのは、おそらくデザイナーが本来想定したものではなく、ディベロップにおけるミスと思われます。
回復ともう一つ強力過ぎる特殊能力が調略で、調略する側は洛中、地方にかかわらず、どこにいる被官でも調略の対象とすることができます。失敗した場合のペナルティは無いので、回復と組み合わせることによって狙った武将をたちまち調略できてしまいます。いったん調略されてしまった武将を調略し返すことはできないルールなので、戦闘力の高い被官はどんどん開始時と反対の陣営に取り込まれていきます。確かに応仁の乱において被官の寝返りはけっこうあったようですが、最初の一、二年で根こそぎ寝返っているというのはかなり行き過ぎでしょう。
具体的には、洛中に4つある御殿エリアを相手より多く支配すれば2点を得られるというのがゲームの一つのカギとなるのですが、ゲーム開始時に東軍が花之御所と小川屋形を押さえているのに対し西軍は西陣だけなので、東軍の勢力圏内にある内裏を確保する必要があります。そこで最強の戦闘力5を誇る朝倉孝景の活躍が期待されるところですが、残念ながら朝倉孝景も斉藤妙椿も早々に東軍に調略されてしまいます。もっとも西軍も多賀高忠らを寝返らせればある程度は埋め合わせは出来ますが、はっきり言って調略の能力は義政と細川勝元を擁する東軍の方が上です。応仁の乱初期は東軍の戦略的優勢を朝倉孝景や畠山義就の戦術能力で凌いでいたというイメージがあり、本作もそういった状況が再現できそうな武将のレーティングになっているのですが、調略のルールがバランスをブチこわしています。確かに朝倉孝景は史実でも東軍に寝返っており、それが乱全体の流れの中でも一つのターニングポイントに(さらには戦国時代の幕開けに)なっているのですが、それは1471年(ゲームでは第5ターン)のことです。やはり寝返るのは東軍に一泡吹かせてからにしてもらいたいところ。
で、まず回復の問題を解消できないかと、行動後に武将を行動済にする替わりに足軽を1ユニット活動させる(裏返しにする)というハウスルールで試しにプレイしてみました。実際には整合性を担保するためにルールのあちこちを修正する必要があったので詳細は省きますが、洛中の足軽ユニットの総数と同じ回数の行動で1ターンが終了するので、ターンの長さはバランスの良いものになりました。回復能力は戦闘で失った武将のステップロスを回復するだけのものになり、まずまず妥当な位置づけでしょう。ただ誤算だったのは、調略能力がますます強力になってしまったことです。各プレイヤーが1ターンに行動できる回数はかなり制限されるようになったのですが、同じ武将を無制限に何度でも行動させられるため、戦闘を行わずに調略を繰り返す方が有利と思われる局面が多くなってしまったのです。異なるアプローチを考える必要があります。


posted by 慈覚 at 07:15| ウォーゲーム日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月22日

ウォーゲーム日本史第23号「応仁記」ソロプレイ2

前回のハウスルールでは回復能力の問題は解決できたものの
調略能力が強力過ぎるという問題は解決できなかったため
今回は別のハウスルールを試してみることにした。

応仁記には一休と富子の選択ルールがあるが、これらは戦闘や移動を妨げるもので
プレイ上それほど意味があるものとはなっていない。
そこでこれを以下のように変更してみた。

・各ターンの先攻後攻決定フェイズに先攻プレイヤーを決定した後に、富子マーカーを洛内の任意のエリアに配置する
・富子マーカーが配置された後に、一休マーカーを任意のエリアまたはボックスに配置する
・競技シナリオでは後攻プレイヤーが富子マーカーを、先攻プレイヤーが一休マーカーを配置する
・歴史シナリオでは第2ターンまでは西軍プレイヤーが富子マーカーを、東軍プレイヤーが一休マーカーを配置する
・第3ターンからは東軍プレイヤーが富子マーカーを、西軍プレイヤーが一休マーカーを配置する
・富子マーカーの置かれたエリアに存在する武将は、その回復能力および調略能力を使用することができない
・一休マーカーの置かれたエリアに存在する武将を、回復あるいは調略の対象とすることはできない

通常のゲームでは、東軍幹部の細川勝元や義政が花之御所に陣取り
西軍幹部の山名宗全らが西陣に陣どって対峙するという展開になるが
このハウスルールを使用する場合、富子マーカーをこれらのエリアに置くことで
相手の幹部武将が回復や調略の能力を使用するには、拠点から外に出なければならなくなる。
また一休マーカーは、基本的に朝倉孝景や斉藤妙椿などの
戦闘力の高い被官に対する敵の調略を防ぐのに使うことになるが
それ以外に敵の拠点エリアに置いて、そのエリアの武将の回復を妨害するためにも使える。
味方に対する調略の妨害に使った場合、そのエリアで回復が行えなくなるし
敵の回復の妨害に使った場合は、そのエリアの武将を調略できなくなるので
富子マーカーとは違ってメリットとデメリットが両方生じることになるわけである。

富子マーカーに関しては、マーカーが置かれたエリアだけでなく
そのエリアから移動を開始した武将全ての回復と調略を
禁止するぐらい強力にしないと不十分かとも思ったが
とりあえず今回は移動して当該エリアから出た場合は
対象に含めないルールでやってみることにした。

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posted by 慈覚 at 02:26| ウォーゲーム日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月24日

ウォーゲーム日本史第23号「応仁記」ソロプレイ3

応仁記には競技シナリオ、歴史シナリオ、派閥シナリオの三つのシナリオがあり
文字通り勝敗を競うなら競技シナリオか派閥シナリオがいい。
今回はソロプレイなので、歴史的な雰囲気のある歴史シナリオをプレイする。

歴史シナリオは史実どおり、両畠山による上御霊社での戦いから始まる。
これは史実通り、西軍の「圧勝」に終わる可能性が高いが
その場合、東軍には大規模な再配置の機会が与えられる。
その時は小川屋形の安富元網を雲之寺に移し
雲の寺の細川勝久を小川屋形に入れるのがいいだろう。
後で被官が単独で小川屋形に残るような状況になると、調略一発で勝利点に大きく関わる
御殿エリアが一つ西軍に奪われてしまうことになるからだ。
ゲームは主として援軍が続々と到着するマップの南半分のエリアの取り合いになるので
小川屋形は、一度西軍に取られてしまうと奪回するのは大変だ。

西軍プレイヤーは、もちろん富子マーカーを勝元と義政のいる花之御所へ置く。
これで勝元と義政は花之御所から出ない限り、回復と調略は行えない。
東軍プレイヤーも、一休マーカーを西陣へ。
西陣の西軍武将は外へ出ない限り回復できなくなった。

東軍の拠点である花之御所と西軍の拠点である西陣の間には二本の川が流れ
互いに直接攻撃するのは難しいため
斯波義廉が陣取り、花之御所と内裏を南からうかがう武衛陣がカギとなる。
地方から上洛してくる両軍も、この周辺に現れる確率が高い。
寺社エリアへの攻撃による失点は影響が大きいので
通常は敵に先に寺社エリアを占領されてしまったら、迂回を考えることになる。
つまり直接戦闘より、寺社エリアをうまく使った陣取りがゲームの基本なのである。

両軍とも回復能力を持つ武将が3人ずついる。
そのうち2人以上が洛内にいれば、交互に回復能力を使用して
行動を何度も続けることが可能になる。
西軍は山名宗全と一色義直が最初から洛内にいるのに対し
東軍は畠山政長が御霊合戦の結果ボックスに再配置されることが多いので
義政だけしか洛内にいないことが多い。

西軍は早期に内裏を取らないと、毎ターン東軍が2勝利点を獲得することになってしまう。
西軍はまず武衛陣から出撃し、春日万里小路屋敷と内裏を占領した。
東軍は主力を花之御所から南隣の今出川殿へ移動。
西軍は回復を行った後、さらに烏丸殿へと兵を進めた。
これで御殿エリアの保有数は互角となり
屋敷エリアを3つ確保した西軍は、毎ターン勝利点1点が期待できる。
東軍としては、兵力不足でこの一角を守り切れなかったのは痛恨。
西軍プレイヤーは、ゲーム中最大の戦闘力5を持つ朝倉孝景を
調略される前に積極的に敵エリア攻撃に使うのがいいだろう。
+1の修正ぐらいなら、余裕で戦果が期待できる。
回復をはさんで波状攻撃ができればなお良い。

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posted by 慈覚 at 03:22| ウォーゲーム日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウォーゲーム日本史第23号「応仁記」ソロプレイ4

第2ターン(1468年)、西軍が先攻。
西軍は富子マーカーを、勝元と義政が移動してきた今出川殿に置く。
東軍も今出川殿の被官に対する調略を妨げるため、そこに一休マーカーを置いた。

地方フェイスは西軍が一方的に優勢となり
多くの武将が上洛してきたため、洛内の軍事バランスは一気に西軍に傾く。
東軍は、回復能力を持つ斯波義敏と畠山政長が上洛できなかったため
ターンの後半は、大内義弘を上洛させた西軍が一方的に行動できるだろう。

西軍は西陣周辺から兵を南下させて中御門猪熊館を奪った。
東軍は富子マーカーの置かれた今出川殿から
義政と勝元を花之御所に戻し、義政で回復を行う。
このあたりから西軍は回復コンボで一方的に行動できる状況になった。
畠山義就と斯波義廉で調略を繰り返すが、ことごとく失敗。
一方軍事行動の方は、烏丸殿に進出した朝倉孝景に
大原口鞍馬口方面から土岐成頼と斉藤妙椿主従らを合流させ
回復後に今出川殿の東軍に猛攻を加え占領。
ちなみに朝倉孝景に次ぐ戦闘力4を持つのは
斉藤妙椿と彼のライバル、東軍の多賀高忠と本願寺門徒である。
更新フェイズにここへ義視を登場させて、戦闘修正が+1となった。

勝利点は西軍が2点リード。
地方ボックスは東軍武将だらけだが
彼らが上洛してくるまで洛内の東軍が持ちこたえられるだろうか。

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posted by 慈覚 at 15:17| ウォーゲーム日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

ウォーゲーム日本史第23号「応仁記」ソロプレイ5

第3ターン(1469年)、東軍先攻。
このターンから両軍の使えるマーカーが逆になる。
東軍は義視の登場した今出川殿に富子マーカーを置く。
西軍は被官が複数いる烏丸殿に一休マーカーを。

地方フェイス、ボックスは東軍武将だらけなのだが
上洛のダイス目が悪く、なかなか洛内へ援軍を送れない。
洛中フェイズ、西軍は今出川殿に武将を集める。
今出川殿から花之御所を攻撃する際の戦闘修正は+1。
戦闘力3以上の武将による波状攻撃なら戦果が見込める。
西軍に今出川殿周辺を押さえられると
援軍の登場する内野や常楽寺から花之御所への連絡が絶たれるため
東軍は花之御所を増援して固めることができない。
ついに勝元も除去されて畿内ボックスへ逃亡。
西軍による小川屋形の安富への度重なる調略は失敗し続けているが
東軍としては替わりに送り込める大名がいないため対応することができない。
ついに花之御所に残ったのは義政だけとなり、ほぼ西軍の勝ちが決まりつつある。

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posted by 慈覚 at 20:38| ウォーゲーム日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウォーゲーム日本史第23号「応仁記」ソロプレイ6

第4ターン(1470年)、西軍先攻。
富子マーカー、一休マーカーは共に今出川殿へ。
東軍武将が続々上洛してくるが
西軍は花之御所を攻撃して義政を除去、義政は浄華院に逃れる。
さらに西軍は小川屋形の安富の調略に成功。
全ての御殿エリアを占拠した西軍のサドンデス勝利となった。

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一方的な展開になってしまったので
ハウスルールのゲームバランスに対する影響を考察するには
いささか問題のあるリプレイになってしまったか。

一休マーカーは敵の調略を防ぐには十分役に立った印象で
特に西軍は、史実通り朝倉孝景の活躍に期待することができるようになった。

富子マーカーは、両軍がそれぞれ花之御所と西陣を固めて
膠着状態になることを妨げる効果はあった。
ただマーカーを使用するプレイヤーにとっては
今回のように、移動して当該エリアから出れば
同一行動中に回復や調略が行えるのでは
マーカーのありがたみが少ないように思われる。
敵の回復や調略を有効に阻害できるようにするには
やはり置かれたエリアで行動を開始する全ての武将の
回復と調略を禁止するべきか。

マーカーを使用できるプレイヤーについては
史実シナリオでは第2ターンまでとそれ以降で固定することにしたが
それだと西軍は第3ターン以降、ほぼ確実に朝倉孝景の調略を避けられるので
史実シナリオでも先攻後攻で使用できるマーカーを決める方が良いかもしれない。

ということで、今回のハウスルールでは若干富子マーカーの効力が小さ過ぎる印象だったが
一休マーカーと富子マーカの選択ルールを改変するのは
現在のコンポーネントを大きく変えずにゲームをプレイ可能なものにするには
有望な方法であろうと考える。

あと、地方フェイズは、プレイヤーの関与がかなり排除されていて
特に上洛に関しては強制かつ双六式となっている。
上洛のダイスロールの結果はかなり暴れ気味で
例えば北陸から山陰に武将が行ったり来たりする。
確かに斉藤妙椿のように上洛せず、もっぱら地方で戦う武将も多かったが
1ターン1年であることを考えると
もっとフツーに洛中を目指すようにするか
いっそ単純に隣接ボックスに移動可能でもいいのではないかと思う。
特に山陽から上洛するのはいったん畿内に入ることになるのだが
西国街道が通る摂津の淀川北岸は地政学的には山陽の一部とも見なせるので
ダイス目によって直接下京や内野へ移動できてもいいのではないか。
またボックスに召集可能な国人ユニットが残っている場合
上洛せずに陣触を実施できてもいいのではないか。

後細かいことを言うと、南海ボックスに召集されない国人が残りやすい。
讃岐土佐守護の細川勝元は丹波守護でもあるが
勢力地域は畿内南海にした方がいいだろう。
北陸に同族の義統がいる畠山義就の勢力地域も畿内南海の方がいい。
ついでに調略能力無しの戦闘力4でいいんじゃないか。

マップに関しては、東西を少し削って
南をもう少し延ばした方が良かったのではないかと思う。
それから寝返マーカーは、武将ユニットより一回り小さくないと使いにくい。
調略はなぜダイスロールではなくわざわざマーカーにしたのだろうか。

このゲーム、兄貴分の清盛軍記と違って
ネット上ではほとんどリプレイ記事を見かけないんだけど
デフォルトのルールではゲームになりにくいのが原因ではないか。
まあ、単に回復や調略の能力使用は1ターン1回に限るとするだけでも
一応プレイ可能にはなると思うが
この際、どっかのゲームクラブに委託していろいろディベロップしてみては。
面白いゲームになるポテンシャルはあると思うので。
posted by 慈覚 at 22:48| ウォーゲーム日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする