2016年08月23日

戦国群雄伝を真田軍記システムで 

戦国群雄伝シリーズは80年代に発売された、戦国時代の作戦級のシリーズである。
東北地方から九州までのほぼ全国の戦国時代を
同一システムでプレイできるという点が画期的だったが
移動の不確定性がルールに含まれておらず
また同一ステージに移動と戦闘の両方を行うことが出来なかったため
敵味方の駆け引きが単調なものとなってしまうという致命的な欠点がある。

そこで戦国群雄伝の改良版にあたる謙信上洛真田軍記のルールで
戦国群雄伝をプレイすることを考えた。
むろんそのまま転用するにはいろいろと問題になる部分があるので
原則として真田軍記のルールを使用し
不都合な部分に関してのみ戦国群雄伝のルールを取り入れることにした。
各作品、シナリオの特別ルールに関しては、使用可能か否かを個別に判断することにした。

オリジナルの真田軍記ルールとの違いは主として二つ。
まず4ユニット以下の部隊の行動力を+1する点。
これは群雄伝シリーズの行動力が最大4であるのに対し真田軍記は6であること。
また、拙僧は以前から部隊の規模が大きくなっても機動力が低下しないのは
不自然だと感じていたため、小規模な部隊の行動力にボーナスを与えることにした。
もう一つは戦闘力の決定法で、群雄伝の野戦修正は最大4でレーティングされているが
真田軍記では戦闘力5、謙信上洛では6が最高である。
そこで指揮官の野戦修正をそのまま使うのではなく
指揮下のユニットの野戦修正の和を戦闘力として使用することにした。

(1)情勢変化があるシナリオでは包囲レベルチェックの後、損耗チェックの前に処理する

(2)戦国群雄伝シリーズの城のレベル数を城の強さとして扱う
(3)全ての城は、シナリオで言及されていない限り、一律に10耐久力を持つ
8.1
他の大名家(軍勢)のユニットの統率の可否は、シナリオルールに従うこと
13.1.1
補充の対象となるユニットまたは城が自国か他国か(または本城か外地か)で
使用する補充表の欄を決める
15.1.1
4ユニット以下の部隊の行動力は+1となる
18.2
戦闘力は指揮官の野戦修正の数値分だけその指揮官の指揮下のユニットを選び
それらのユニットの野戦修正の合計を戦闘力とする
合戦を行うヘックスに複数の部隊がいた場合、任意の部隊の指揮官を合戦の指揮官としてよい
18.3.1
「戦力」は、戦国群雄伝シリーズのユニットの戦闘力の合計とする

posted by 慈覚 at 08:27| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

国府台戦記を真田軍記システムで その1

国府台戦記は、ゲームジャーナル55号に掲載された
1564年1月の第二次国府台合戦を題材とした4ターンのショートシナリオである。

国府台合戦0.jpg

勝利条件は、ゲーム終了時にユニットが国府台に存在していれば反北条方が2点を得るため
北条方は基本的に国府台を占領することが必要となる。

反北条方は、里見氏の7ユニットを国府台に配置することになろう。
この他に、北方の岩槻城に太田氏の4ユニットがある。
北条方は小田原城に20ユニットを有する。
損耗チェックに備えて氏康と氏政にそれぞれ9ユニットを率いさせることにした。

国府台合戦1.jpg


続きを読む
posted by 慈覚 at 06:45| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

国府台戦記を真田軍記システムで その2

1月第一週。
このシナリオでは、江戸城以外の城は勝利点にならないため
反北条方の作戦目標はかなり限られたものになる。

反北条方移動フェイズ。
岩槻の太田資正隊4ユニットが江戸城を包囲。
群雄伝ルールなら8戦闘力では包囲できないが
真田軍記ルールでは籠城側よりユニット数が多ければ包囲が成立する。

北条方反応移動フェイズ。
このシナリオは補充が無いので、損耗は極力避けなければならないのでパス。

反北条方強行軍フェイズ。
パス。

北条方開始フェイズ。
江戸城は包囲レベルチェックの結果、包囲レベル1に。

北条方移動フェイズ。
氏康隊と氏政隊は、戦略移動で江戸城まで2ヘクスの地点へ進出。

反北条方反応移動フェイズ。
太田資正隊は行動力3、4ユニット以下の部隊の修正+1で行動力チェックに成功。
江戸城の包囲を解き、国府台の里見軍と合流。

北条方強行軍フェイズ。
パス。

国府台合戦2.jpg

posted by 慈覚 at 08:32| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国府台戦記を真田軍記システムで その3

1月第二週。
太田軍を北に引いて外線作戦を採ることも考えられるが
ここは国府台に全兵力を集中することにした。

反北条方移動フェイズ。
パス。

北条方反応移動フェイズ。
北条方もあせる必要はないので、ここはパス。

反北条方強行軍フェイズ。
パス。

北条方移動フェイズ。
氏康隊と氏政隊は入間川と利根川を渡河して、国府台と渡良瀬川を挟んだヘクスまで進出。
ちなみに関東制圧のマップは、現代の河道になっていて
正しくは荒川が途中で利根川に合流していなければならない。
さらに北条方は、国府台の里見軍、太田軍に合戦マーカーを置く。
これにより、反北条方反応移動フェイズと北条方強行軍フェイズはどちらもパス。

北条方戦闘フェイズ。
シナリオ特別ルールで氏康の戦闘修正を使用すると5点のペナルティ。
これではぼぼ北条方敗北なので、氏政を指揮官にするしかない。
北条軍40戦力、里見太田連合軍25戦力。
指揮官は北条氏政(野戦修正1)と太田資正(野戦修正2)。
北条軍は北条綱成の野戦修正2を使用して戦闘力2。
太田軍は太田康資の野戦修正3と太田資行の野戦修正1で戦闘力4。
国府台は荒地で戦闘修正1、また川をはさむため双方−1。
したがって最終的な修正は北条方−4、反北条方+2。
第1ラウンド。
北条方の攻撃0ヒット、反北条方の攻撃3ヒット。
第2ラウンド。
北条方の攻撃0ヒット、反北条方の攻撃3ヒット。
第3ラウンド。
北条方の攻撃0ヒット、反北条方の攻撃4ヒット。
北条軍の半数のユニットが裏になったところで北条方がギブアップ。

国府台合戦3.jpg

時期的には関東制圧のシナリオ3松山城包囲戦の続編に当たるシナリオ。

勝利条件的に国府台で合戦するしかないシナリオだが
群雄伝ルールだと、反北条方は合戦で里見義弘の野戦修正1を使うことになり
双方の野戦修正が互角になるので、合戦になれば北条方有利だ。
ただし国府台には城があって、反北条方は合戦を拒否できるので
小競り合いの連続になるだろう。
結論としてシナリオバランスがどうなるのかは、実際にやってみないとわからないが
地形効果のおかげで反北条方がやや有利かと思う。

今回使用した真田軍記改ルールでは、氏政の指揮で合戦に勝つのは困難であるため
群雄伝ルールの場合よりはっきりと反北条方有利だった。
氏康の野戦修正使用時のペナルティを2点とするのが妥当か。

結論としては、勝利点を群雄伝の標準ルール
つまり全ての城の獲得損失に対して得点、失点する方が
特に反北条方プレイヤーの作戦の選択肢が増えて
国府台でダイスを振るだけのシナリオにならずに済むと思う。

posted by 慈覚 at 16:55| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月27日

小弓公方始末記を真田軍記システムで その1

小弓公方始末記も、国府台戦記と同じく
ゲームジャーナル55号に掲載された関東制圧の新シナリオである。
題材は1538年、氏綱の時代の第一次国府台合戦で
やはり4ターンのショートシナリオである。

小弓公方始末記0.jpg

北条方は小田原城に19ユニット、古河城に古河公方晴氏。
反北条方は小弓城に小弓公方軍10ユニット、稲村城に里見軍4ユニット。
北条方はユニット除去以外に得点方法がなく、かつ同点の場合は反北条方の勝ちなので
北条方に厳しいシナリオという印象。
国府台合戦記と違い、反北条方は必ずしも国府台で迎撃する必然性はない。

小弓公方始末記1.jpg

なおシナリオルールで武蔵はXX26以南のヘクスのみを使用することとなっているが
これでは古河城へのアプローチがあまりにも不自然になってしまうので
26XX以東のヘクスを使用に変更する。

posted by 慈覚 at 13:43| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月28日

小弓公方始末記を真田軍記システムで その2

9月第4週。

反北条方移動フェイズ。
小弓公方義明隊を国府台へ、足利基頼隊は戦略移動で関宿まで進出。
里見義堯隊は下総へ向けて戦略移動で北上を開始。

北条方反応移動フェイズ。
このシナリオは国府台戦記より反北条方に作戦の自由度がある分
北条方に課される時間的制約はタイトなのだが
補充の無いシナリオなので、堅実にこのターンは取りあえずパス。

反北条方強行軍フェイズ。
里見軍を動かしたい気もするがパス。
やはり真田軍記改ルールだと補充なしのシナリオは厳しいかも。

北条方移動フェイズ。
氏綱隊と氏康隊は、戦略移動で江戸城北のヘクスまで進出。
古河公方晴氏は籠城。

反北条方反応移動フェイズ。
パスすると優勢な北条軍から合戦を仕掛けられるため難しいところ。
義明の行動力2では行動力チェックの成功率は3分の1。

北条方強行軍フェイズ。
氏綱隊、氏康隊の行動力チェックの成功率は2分の1だが
このターンはまだ慎重策をとってパス。

小弓公方始末記1.jpg



posted by 慈覚 at 11:31| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月29日

小弓公方始末記を真田軍記システムで その3

10月第一週。

反北条方移動フェイズ。
義明隊と
里見義堯隊は小弓城で合流。
ここまで下がれば、いきなり合戦に持ち込まれない。
足利基頼隊は古河城を包囲。

北条方反応移動フェイズ。
パス。

反北条方強行軍フェイズ。
パス。

北条方開始フェイズ。
古河城の包囲判定は効果なし、総大将の籠った城は堅い。

北条方移動フェイズ。
氏綱隊は荒川、利根川、渡良瀬川を渡河して国府台城を包囲。
氏康隊は、戦略移動で古河城から2ヘクスの地点まで進出。

反北条方反応移動フェイズ。
パス。

北条方強行軍フェイズ。
氏康隊が足利基頼隊を捕捉するチャンスではあるのだがパス。

小弓公方始末記2.jpg

posted by 慈覚 at 14:46| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小弓公方始末記を真田軍記システムで その4

10月第二週。

反北条方開始フェイズ。
国府台城は包囲レベル1へ。
非補給の足利基頼隊の損耗チェックは影響なし。

反北条方移動フェイズ。
義明隊は小弓城ヘクス、足利基頼隊は古河城ヘクスで砦を構築。

北条方反応移動フェイズ。
パス。

反北条方強行軍フェイズ。
パス。

北条方開始フェイズ。
古河城は包囲レベル1に。

北条方移動フェイズ。
氏康隊は、古河城を包囲中の足利基頼隊に南東から接敵し合戦マーカーを置く

反北条方反応移動フェイズ。
パス。

北条方強行軍フェイズ。
パス。

北条方戦闘フェイズ。
氏康隊20戦力、足利基頼隊8戦力。
指揮官は北条氏康(野戦修正3)と足利基頼(野戦修正1)。
しかし双方とも野戦修正を持つ武将が指揮下にいないため戦闘力は0。
砦があるため反北条方は戦闘修正1。
したがって最終的な修正は北条方−1、反北条方+1。
城内の足利晴氏軍は参戦しない。
このへんは協同して参戦できる群雄伝ルールの方がそれらしいかも。
第1ラウンド。
氏康隊の攻撃0ヒット、足利基頼隊の攻撃1ヒット。
ここで足利基頼隊は後退を宣言、南西へ3ヘクス後退。
追撃は1ヒット。
氏康隊は戦闘後前進で古河城ヘクスへ、砦は除去され包囲は解かれる。

小弓公方始末記3.jpg




posted by 慈覚 at 17:21| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小弓公方始末記を真田軍記システムで その5

10月第三週。
反北条方は終了時に武蔵国内に存在していれば2得点。
北条方は反北条方ユニットを除去するしか得点の方法はない。
群雄伝ルールだったら、反北条方がかなり有利だと思う。

反北条方開始フェイズ。
国府台城は落城せず、包囲レベル3へ。
足利基頼隊の損耗チェックは影響なし。

反北条方移動フェイズ。
義明隊と里見義尭隊は小弓城を出撃し、戦略移動で関宿北東の沼地へ。
足利基頼隊は戦略移動で南下し、多摩川を越え小机城北西の山地へ。

北条方反応移動フェイズ。
パス。

反北条方強行軍フェイズ。
パス。

北条方移動フェイズ。
氏綱隊は5ユニットを北条長綱隊として分離。
少数精鋭の氏綱隊は武蔵南部に侵入した足利基頼隊を追って多摩川北岸へ。
長綱隊は渡良瀬川東岸に沿って北上し氏康隊、古河公方晴氏と合流。
義明隊、里見義尭隊の武蔵侵入に備える。

反北条方反応移動フェイズ。
義明隊は行動力2で、行動力チェックに成功。
戦略移動で渡良瀬川、利根川、入間川を越え川越城南西の山地へ。
里見義尭隊は行動力3、4ユニット以下で+1だが行動力チェックに失敗。
損耗チェックは影響なし。

北条方強行軍フェイズ。
義明隊を全滅させることは困難なため、2点の失点は覚悟しなければならない。
ということはユニット除去でそれ以上得点することが必要である。
氏綱隊は行動力3、4ユニット以下で+1で行動力チェックに成功。
多摩川を渡河し足利基頼隊に接敵。
氏康隊は行動力3で行動力チェックに成功、里見義尭隊に接敵。
長綱隊は行動力2で行動力チェックに成功、里見義尭隊に接敵。
晴氏隊は行動力2で行動力チェックに失敗、損耗チェックは影響なし

北条方戦闘フェイズ。
氏康隊、長綱隊と里見義尭隊の合戦から。
北条方30戦力、反北条方11戦力。
氏康も長綱も指揮下に野戦修正を持つ武将がいないため北条方は戦闘力0。
里見義尭は野戦修正2、正木信茂の野戦修正2と酒井敏房の野戦修正1を使用。
さらに沼地の地形修正1で合計して戦闘力4。
第1ラウンド、北条方の攻撃0ヒット、反北条方の攻撃1ヒット。
第2ラウンド、北条方の攻撃1ヒット、反北条方の攻撃4ヒット。
第3ラウンド、北条方の攻撃1ヒット、反北条方の攻撃4ヒット。
ここで北条方は後退を宣言、南へ1ヘクス後退。
追撃は3ヒット。
こうなっては氏綱隊による足利基頼隊の攻撃にかけるしかない。
氏綱隊は8戦力、足利基頼隊は6戦力。
指揮官は北条氏綱(野戦修正3)と足利基頼(野戦修正1)。
氏綱が使えるのは北条綱成の野戦修正2のみ、したがって戦闘力2。
足利基頼隊には野戦修正を持つ武将がいないため、山地の修正のみで戦闘力2。
第1ラウンドは氏綱隊の攻撃0ヒット、足利基頼隊の攻撃2ヒット。
ここで足利基頼隊は後退を宣言、南東へ3ヘクス後退。
追撃は0ヒット、氏綱隊は戦闘後前進。

小弓公方始末記4.jpg

反北条方が武蔵に存在するため、2得点で勝利。

ショートシナリオは、一回の行動力チェックや戦闘結果の影響が大き過ぎるので
運次第といった展開になりがちなのは否めない。
このシナリオに関しては、兵力を分散させて武蔵への侵入を図る反北条方を
北条方が捕捉殲滅できるか否かというシナリオなので
群雄伝ルールではかなり反北条方有利だろう。
真田軍記改ルールでも、反北条方を捕捉殲滅するのは難しい。
このシナリオも、関東制圧標準の
城の得失とユニット除去による得点を採用する方がまともな展開になりそうだ。

あと里見軍のリストアップだ里見義尭以外で第一次国府台合戦に参加した可能性があるのは
世代的に土岐頼定だけである。
正木時茂を大将として追加し、信茂を武将に、酒井敏房を削除すべきか。


posted by 慈覚 at 22:43| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

河越の夜戦を真田軍記システムで その1

ゲームジャーナル55号に掲載された関東制圧の三つのシナリオのうち
最も規模が大きいのが河越の夜戦である。
反北条方は古河公方、山内上杉、扇谷上杉、太田の4陣営だが
全軍が河越城付近に初期配置されるので、それほど展開の多様性は無さそうである。
勝利条件的に、北条方も河越城の包囲を解く以外の選択肢はほぼ無いといってよい。

河越の夜戦0.jpg

さて、このシナリオを真田軍記改ルールでプレイするには
シナリオ固有ルールの奇襲(選択ルール)をアレンジする必要があるのだが
それ以前に真田軍記改ルールでは、反北条方の戦闘力が強くなり過ぎてしまう問題がある。
特にこのシナリオは長野信業の指揮下に長野業正と上泉信綱を付けると
戦闘力7となって無敵である。
逆に北条方は野戦修正を持つ武将がいないため、戦闘力が低い。

河越の夜戦1.jpg

まず真田軍記ルールでは、反北条方が力攻めで河越城を落とせる可能性が高いので
河越落城によるサドンデスは無しとする。
よって山内上杉憲政と北条氏康の除去によるサドンデスのみが勝利条件として残る。
次に上述したよう、戦闘力は反北条方に有利になっているので
河越城への連絡線設定は北条方に10点と変更し
その替わり同点の場合は、反北条方の勝利とする。
ちなみに反北条方が河越城を落とし、北条綱成以下3ユニットを除去すると2点を得る。

氏康の行動力と補充の特別ルールは使用する。
これだけではまだ北条方が不利なので
選択ルールの奇襲のルールを以下のようにアレンジして加えることにした。
・北条方は4月第2週以降、ゲーム中に1度奇襲を行う事が出来る
・北条方プレイヤーは、自軍が攻撃側である任意の合戦の開始時に奇襲を宣言できる
・奇襲が宣言されると、反北条方の任意の部隊の指揮官を選んで
その合戦における指揮官とすることができる

posted by 慈覚 at 22:40| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月03日

河越の夜戦を真田軍記システムで その2

3月第4週。

反北条方移動フェイズ。
河越城ヘクスに砦を構築。

北条方反応移動フェイズ。
パス。

反北条方強行軍フェイズ。
パス。

反北条方戦闘フェイズ。
反北条方は河越城を強襲する。
古河公方軍20戦力、山内上杉軍38戦力、扇谷上杉軍12戦力、太田軍8戦力の計78戦力。
籠城する北条軍は6戦力。
戦闘力は長野信業隊の7と北条綱成隊の0。
河越城の強さ2で修正は反北条方−1、北条方+1。
第1ラウンド、北条方の攻撃3ヒット、反北条方の攻撃2ヒット。
河越城の耐久力は4へ。
第2ラウンド、北条方の攻撃4ヒット、反北条方の攻撃2ヒット。
河越城の耐久力は1へ。
第3ラウンド、北条方の攻撃6ヒット、反北条方の攻撃0ヒット。
北条綱成以下3ユニットが壊滅し反北条方に2点、河越城落城。
ラウンド数無制限の真田軍記ルールでは、予想通り力攻めでいきなり河越城が落ちた。
攻城戦に関しては、特にこのような戦国前期のシナリオに関しては
群雄伝のルールを使う方がそれらしいかも知れない。

北条方移動フェイズ。
氏康隊と長綱隊は、戦略移動で多摩川の南まで進出。

反北条方反応移動フェイズ。
パス。

北条方強行軍フェイズ。
パス。

河越の夜戦2.jpg

posted by 慈覚 at 02:44| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月05日

河越の夜戦を真田軍記システムで その3

4月第1週。

反北条方開始フェイズ。
補充は古河公方1ポイント、山内上杉0ポイント。

反北条方移動フェイズ。
山内上杉憲政隊以外の全軍が南下、多摩川を挟んで氏康隊、長綱隊に合戦マーカーを置く。

北条方反応移動フェイズ。
パス。

反北条方強行軍フェイズ。
パス。

反北条方戦闘フェイズ。
反北条方は古河公方軍20戦力、山内上杉軍24戦力、扇谷上杉軍12戦力、太田軍8戦力。
計64戦力で、これに対して北条方は32戦力。
反北条方は指揮官の長野信業の野戦修正2。
長野業正の野戦修正4と上泉信綱の野戦修正3を使用して戦闘力7。
北条方は戦闘力0で山地の地形修正1
川を挟むため修正は反北条方+5、北条方ー7。
第1ラウンド、反北条方の攻撃6ヒット、北条方の攻撃0ヒット。
北条方は後退を宣言、南東へ1ヘクス後退、追撃は8ヒット。

北条方開始フェイズ。
補充は2ポイント。

北条方移動フェイズ。
氏康隊、長綱隊は多摩川を渡河し、多摩川北岸の反北条軍の東をかすめて北上。
河越城南東の山地ヘクスまで進出し、山内上杉憲政隊に合戦マーカーを置く。

反北条方反応移動フェイズ。
多摩川まで南下して北条軍と合戦を行った7部隊を河越城に呼び戻す。
行動力は太田資正のみ3で他の6人は2。
全て4ユニット以下の部隊なので行動力に+1の修正が付く。
行動力チェックは簗田高助隊と長野信業隊が失敗。
損耗チェックは簗田高助隊が0ユニット、長野信業隊が2ユニット。
戦闘力7の長野信業隊が動けなかったが、太田資正隊が戻って来たのは大きい。

北条方強行軍フェイズ。
パス。

北条方戦闘フェイズ。
反北条方は古河公方軍12戦力、山内上杉軍27戦力、扇谷上杉軍12戦力、太田軍8戦力。
計59戦力で、これに対して北条方は21戦力。
反北条方は指揮官の太田資正の野戦修正2。
太田康資の野戦修正3と太田資行の野戦修正1を使用して戦闘力4。
北条方は戦闘力0
反北条方は砦を構築しているため修正は反北条方+5、北条方ー5。
第1ラウンド、反北条方の攻撃6ヒット、北条方の攻撃0ヒット。
北条方は2ユニットが壊滅し、後退を宣言。
南へ1ヘクス後退、追撃は7ヒットで北条方はさらに7ユニット壊滅。

北条方は損耗状態の7ユニットのみとなり、ここで敗北を宣言。

河越の夜戦3.jpg





posted by 慈覚 at 22:22| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月08日

河越の夜戦を真田軍記システムで その4

二つの国府台合戦のシナリオが、勝利条件の変更程度で
真田軍記改ルールでもプレイ出来そうなのに対し
河越の夜戦シナリオは、そのままでは反北条方が有利過ぎてゲームにならない。

その理由は、大きくは二つあって
・真田軍記改ルールでは、大軍であれば城を1ターンで落とすことが可能
・戦闘力の決定に、指揮下の武将ユニットの野戦修正を使用するため
レーティングの意味合いが変わり、ゲームバランスを崩してしまう

前者に関しては、とりあえず河越城には強襲を行えないという特別ルールを適用するしかない。
もっとも真田軍記の時代ほど鉄砲が普及していなかった戦国前期のシナリオに関しては
攻城戦を群雄伝ルール準拠のものに差し替えることも必要になるかも知れない。

後者の戦闘力の問題に関しては、反北条方が史実とかけ離れた戦闘力を使用できるため
総大将が存在するヘクスでは総大将から指揮官を選らばなければならなくするか
(河越夜戦シナリオでは憲政を指揮官にしても晴氏を指揮官にしても戦闘力0)
また指揮下のユニットの野戦修正を足し合わせるのを止め
指揮官以外の合戦参加ユニットの最大野戦修正を比較し
より大きい側の戦闘力を+1するように変更することも検討すべきか。

ちなみに大河ドラマ「風林火山」では、業正の進言を退ける憲政という
ありそうな描写になっていた(ただし真田幸隆の参戦は史実と矛盾するらしい)。
ただ指揮官の選択に身分の縛りを入れると
憲政と晴氏以外の大将たちだけで反北条方の主力スタックを作るのが基本となり
関東公方や関東管領の旗下でないとまとまれないという雰囲気が出ない。

その前に、史実に従ってシナリオの初期配置を見直すことも必要かと思う。
具体的には

・長野信業(憲業)の没年は1514年説と1530年説があり
また業正の先代が信業であるかどうかにも異説がある
いずれにせよ1546年の河越の夜戦当時長野家の当主が業正だったのはほぼ確実
従って長野信業のユニットは削除すべき
なお、当時の長野家の家格からして当主の業正は大将とすべきであろう
・太田資正は1546年の時点で松山城の難波田憲重の下にいたらしい
従って太田資松山城に初期配置し、扇谷上杉氏の武将ユニットとして扱う
岩槻城は北条氏の所有とする
・太田康資は1546年の時点ではまだ北条方だった可能性が高い
従って太田康資は江戸城に初期配置し、北条氏のユニットとして扱う
ちなみに1564年の第二次国府台合戦の時期の康資は反北条方でよい
・太田資行は康資の弟で詳細は不明だが、康資と同様に扱うのが適当だろう
あるいは庶兄の景資と差し替え、いずれにせよ北条氏ユニットとして江戸城に初期配置
景資による資正の兄、資顕と岩槻城の離反は、この戦いに大きな影響を与えたとされている
・宮城政業は岩槻太田氏の家臣で後年は親北条派だが、1546年当時の動向は不明
太田資顕(資時)と差し替えて、岩槻城に北条氏ユニットとして配置するか

河越の夜戦4.jpg
かなり先の話になってしまうと思うが、1545年の河東一乱から始まる
キャンペーンシナリオを制作してみようと思う。





posted by 慈覚 at 00:48| 戦国群雄伝シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする